< profile >

農業系メーカー勤務。上半身と太ももの筋肉が発達しているが腰が弱い。
祖父が広島で被爆しており、被爆者のムーブメントが入り口となって、
核兵器の威力や、政府の戦後処理政策などに目を向けることとなる。
昔から平和や安全保障のことに関心が強く、それも少しでも世の中が
良くなればいいなあと思ってのこと。
ささやかながら、クリエイティブな制作を通じて人とつながり、
社会にはたらきかけようと、書籍編集や、メッセージTシャツの
企画・普及等、あれこれ手を出している。


< 意気込 >

『平和を仕事にしよう』 そう思い立って、このサイトを作った。
ただし、私はすでに本職を持っている。それは農業関係の事業で、
生産者の役に立ち、食料自給率の向上に寄与する「平和」な仕事だと
自負している。それなのに、あえてもっと平和の仕事をしようというのは、
「平和を、仕事にする。」と言い放つ自衛隊に対抗するためだ。

「平和を、仕事にする。」

この文句はすんなり受け入れることができない。それどころか
大変に気になって仕方が無い。この文句は、自衛隊の隊員募集の
ために使用され、日本全国津々浦々どこでも見かけるポスター
によって宣伝されている。自衛隊個人に対して否定する気は
さらさらない。むしろ、日々苦しい訓練に耐え、技術に精通し、
身体を鍛えて有事に備える、その溌剌とした様は、羨ましくもある。
それでも、軍隊が平和の仕事だなんて、おかしくないか。私は認め
たくない。平和は、政治・経済・文化、様々な要素で保たれている。
軍事の専売特許ではない。

第一に、仕事は本人の衣食住のみならず家族の人生設計の基盤となる。
ところで、自衛隊の兵卒の大部分は20代で退職し、民間に再就職する
という。長い人生において基盤となるのは、転職後の仕事であろう。
第二に、仕事とは経験を積みながら、答えの無いものを自分で考えて、
光を当てていくことだと思う。一方自衛隊の兵卒は、上官の命令で
将棋の駒のように行動する。さらに上官も含めて、その部隊は作戦に
よって指揮される。戦闘が起ころうものなら、善悪の判断さえも軍の
行動に委ねてしまう。自衛隊の仕事がない方が平和なのだ。
第三に、仕事は利益を生み増やすもの、新しい価値を創造するもの
といえる。仕事によって、消費と生産の循環ができる。しかし兵器で
モノを作ることはできない。殺傷し、破壊することしかできない。
兵器は使い捨てとなり、製造に費やした資源は無駄になる。
第四に、軍隊の活動は社会の規範や、時代の要求に向き合わない。
気候変動の危機が迫っても、兵器のCO2排出は聖域だ。民間が必死で
省エネに努力する傍らで、軍用ジェット機は深夜早朝も必要とする
だけ轟音を響かせる。燃料効率・騒音・安全性・製造コストも同様、
すべて環境より「戦闘の性能」が優先され、地球環境や人々の
穏やかな暮らしは無視されている。
第五に、仕事に競争はあるが、ライバル会社の社員を殺したり、
破壊したりしない。自衛隊は、人殺しを前提として国を守ろうと
している。国を守るためだったら、若い前途ある青年を殺人者に
してもいいのだろうか。命を奪う備えを抑止力と呼ぶ、そんな
矛盾した行為を仕事と呼んでいいのだろうか。

しかし、実際には自衛隊は国民から認められている。なぜなら
軍事力に拠らない国の守り方、平和のあり方について、どこからも
具体的なビジョンが示されていない。他に頼るものが見当たらないのだ。
それでも、自衛隊とは違う手段で、「平和のために仕事してます」
と言えるようになりたい。いつか軍事力と違う手段によって、
国を守る知恵と「仕事」が確立されるよう、その黎明期に生きる
一員として志士として、じゃあどうすればいいのか追求していきたい。
    

 

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